よもやまな毎日の、よもやま日記

日々の雑談を書いていきます。

あいち国際芸術祭2025

明日はあいち国際芸術祭の瀬戸まちなか会場に行く予定だ。

街歩きとアート鑑賞を同時にできるので、とても楽しみだ。

思えばあいちトリエンナーレから始まった、あいち国際芸術祭も、早や5回目。

面白い面白くないに関わらず、毎回行く。そして街を歩く。

国際芸術祭元年は、草間彌生オアシス21での、水に浮かぶてんとう虫のようなオブジェが印象的だった。

2回目はかなり愛知県の広範囲で開催され、岡崎まで見に行ったり、とプチ・トリップ。

3回目で一部展示がかなり問題視され、トリエンナーレとしては幕が降りる。

ここから国際芸術祭と名前が変わる。

 

トリエンナーレはかなり年を追うごとにビッグサイズになった印象があったが、国際芸術祭は、少し地味になったが、地味なアートが結構いい。

考えさせられるし、心に残る。

そして街歩きが楽しい。

4回目は一宮や鳴海を楽しみ、今回は瀬戸。4回目同様、5回目の街アートも、たぶん会場をよく知り、よく歩き、ていねいに考えられたアートが並ぶだろう。

アートは正直、よくわからない。

が、何かのメッセージは伝わる。自分でも知らない感情が、アーティストによって具現化されているのかもしれない。

万博楽しかった2025年

バンパク。

この言葉を聞くと、キュンである。

楽しかった愛・地球博

あの喜びを2025年も味わえるとは。

ありがとう、大阪・関西万博!

とても楽しかったよ。

興奮したガンダムパビリオン、念願のモンハンパビリオン、癒やしだったアラブ首長国連邦パビリオン、考えさせられたブラジルパビリオン、とにかく凄かったヌルヌルパビリオン、心震えたハンガリーパビリオン、個人的にツボなチェコパビリオン、海外を近くに感じたイタリアパビリオン、他、傑作パビリオンいろいろ。

愛・地球博と比較して、今回はこう来たか〜と違いを楽しむのも良かった。

日本館の地味に凄い感じも良かった。

地味に凄い。

こうありたい、と思った。

就活、決まる。

息子の就活が、どうやら終わりを迎えるらしい。

内々定をいただけたらしいのだ。

らしい、尽くしではあるが、めでたい。

とても、めでたい。

興奮しているので、ひさびさにブログを書く。ブログを書くのは、随分とひさしぶりだが、このブログには、息子とのやりとりが、さまざまに散りばめられていて、私にとっては宝箱だ。

その宝箱に、またひとつ、宝物。

とても嬉しい。

この気持ちを、宝箱にそっとしまう。

まだ嬉しすぎて、時々取り出してしまうだろう。友達に見せることもあるかもしれない。

そして、しまう。この喜びを、ひとつの輝きにかえて。

節約は、力なり。

人は三千円の使い方で人生が決まるよ、と祖母は言った。

原田ひ香『三千円の使いかた』の冒頭のこの一行を読んだとき、私はカウンターパンチをくらった。

「人生が決まるってどういう意味?」

「言葉どおりの意味だよ。三千円くらいの少額のお金で買うもの、選ぶもの、三千円ですることが結局、人生を形作っていく、ということ」

孫の御厨(みくりや)美帆と、祖母のやりとりは続く。

もう、同意!御意!!と、ぐいっと本の中に引き込まれた。

この『三千円の使いかた』というタイトルは、その意味は、こういうことだったのか〜と目からウロコ。

いろんな御厨家のショートストーリーが連なる本著は、また最後にぐるっと一周して、見事に完結する。

御厨家を通して、いろんな人のちょっとした幸せを描き、最後には大きな幸せ、人生観につながる。

その幸せのエッセンスに、家計のやりくりがしっかり存在するのだ。

そう。使うも自由。使わざるも自由。

私たちは自由を任されていて、人生を任されている。

でも三千円というディティールの積み重ねの先に、人生があるとしたら、いがいと身近で、楽しい。

一冊を読み終え、仲の良い友達と語り合った後のような感動を覚える。

さて、私の三千円は、どのように使おうか。

さよなら冒険旅行。

感動した東京オリンピックも終わった翌日に、子どものDVDを観た。
高校最後の、定期演奏会のDVDだ。

定期演奏会を終えて早や4か月たったので、待ちに待ったDVD。
演奏を見て、わくわくする。

なのに。

見終わった後、なんとも寂しい気持ちになった。

ああ、終わったんだなぁ。

部活を何にするか聞いたとき、吹奏楽部に入ったという報告。
ここから、子どもの高校生活での冒険旅行が始まる。

初めてソロ演奏を披露した見学会。
週一であった演奏会。
自転車事故に遭い心配したマーチング大会。
先輩お母様方に引っ張っていただいた自主練習
大舞台にひたすら驚くアンサンブルコンテスト。
興奮した県大会。
自分の手術と重なった定期演奏会
そして、コンクール!

実にさまざまな、きらきらとした思い出ばかりである。

それからは、コロナ禍になり、あまり演奏を聴く機会は減ってしまったが、充分すぎる程の凄い経験。

最後の定期演奏会をもって、その思い出は終結する。

寂しい。

でも、ありがとう。
子どもを始め、すべての関わってくれた人たちに、ありがとう。

定期演奏会のDVDのラストソングは、SEKAI NO OWARIのRPG。
楽しかった冒険旅行の終わりを告げ、そしてまた新たな冒険旅行が始まるのだ。

お茶を愛でる。

コロナ禍で、ぜんぜん外出ができない。

平凡な日々に、身を委ねるしかない。

そんななかにも、人は喜びを見出す生き物で、様々な楽しいこと、楽しい発見もある。

すべての、このような環境下でも楽しさをくれた友人たちに感謝している。

この、日々を淡々と、変わりなく過ごすのはお茶に似ている。

一つひとつ、こなしていく様が、所作にも通じて。

そのなかでも季節はめぐる。

小さな日々の変化を、つかまえる茶道に、学ぶことは多いだろう。

茶道のたしなみはない私であるが、今日はご友人のおかげで、お茶を楽しめる。

すると、茶道をたしなんだ人の本を読みたくなり、読むと、いろいろな叡智をいただく。

今日は朝冷えて、肌寒い。

何を着ていこうか。何を手土産にお持ちしようか。わくわくしている。

お茶は心、と、そのご友人はお話ししてくださった。その言葉の大きな包容力に包まれて、日々を大切に過ごそうと思う。

金魚キンギョKINGYO

吉岡里帆のラジオを聴いていたら、ゲストが作家さんだった。

深堀隆介さんという。

「この金魚の人って、たしか愛知なんだよね」と家族が言った。

金魚の人、愛知、ということに俄然興味を引く。

深堀さんのウェブサイトを開く。

愛知弥富市の人で愛知県芸大出身の金魚作家さんなんだ、親しみが湧くなぁ。

REFLECTIONSという言葉を見つける。

反射、反映。きらきらしてる言葉。

クリックして、開く。

ああ、美術なんてやめてしまおうと思った。

冒頭の言葉に、グッと引き寄せられる。

そして自室の金魚に美を見つけた深堀さんは、こう綴る。

僕の探していた答えが、ヨーロッパでもアメリカでもない、まさにこの部屋にあった。

ああ、いいなぁ。

すごく、わかる気がする。

金魚の作品たちも、とても素敵。

夏を探しに、深堀さんの金魚に会いに行こうか。